プロフィール

はじめまして。元ICUナースのカナです。

私は二つの病院で、計10年以上、集中治療室で看護師をしていました。

そこでの経験を元に、看護師の仕事やプライベートに繋がることなど、色々とお伝えしていきたいと思います。

わたしのプロフィール

看護師を目指し始めたところから、看護師を終えるところまでお話しています。

振り返ると懐かしいですね。みなさんが看護師を目指した理由は何ですか??

 

中学3年生の春、看護師の知識と技術が欲しくなった

私は中3になり、進路を決めるにあたって、将来の夢を同時に考え始めました。

そしてこんな理由から看護師を目指すことに決めました。

・何となく病院に興味があった

・親から薬剤師を勧められてもピンと来ず

・看護師になるまでに学ぶことは、きっと将来自分にも周りの人にとっても役立つだろう

「看護師として働きたい!」というよりも「看護師になるまでの勉強に興味がある」という理由の方が強かったのですが、看護師を目指すことに決めました。

看護師になるには大学に行く必要があると勘違いしていた

看護師になると決めたは良いものの、何となく反対されそうで家族に秘密にしていたので、どうやったらなれるのかをちゃんと調べないまま、ざっくりと「大学に行かないとなれないんだろう」と思い込んでいました。

3の時、看護師という将来の夢が同じだった子が、とても頭の良い子だったんです。

だから、頭が良くないとなれないんじゃないかと思ったんです。単純過ぎました。

そしてその思い込みのおかげで、大学進学率の高い高校を目指し、絶対に落ちると言われた高校を第一志望にして猛勉強。

そして合格を手に入れるという、奇跡のようなストーリーが誕生しました(笑)

看護師と保健師を同時取得すべく大学へ

無理して入った高校だったものの、何となく学力が追いついていて、そこでもしっかりと平均~ちょっと上くらいの成績を保つことができました。

3年間看護師の夢を持ちながら過ごし、専門学校や短期大学でも看護師になれることを知りましたが、よくよく調べると大学に行けば看護師と同時に保健師の資格も取れることを知り、「一石二鳥!」と思ってそのまま大学へ。(でも保健師という仕事の中身を全然知らなかったのですが。。。)

中には助産師の資格や養護教諭第一種に資格も取れる学校があり、そちらも魅力的でしたが、看護師として仕事をすると決めていたので、そこにはあまりこだわりませんでした。

大学進学の際には、付属の大学病院があるところを第一条件として考えました。その方が就職に困らないと考えたこと、大学での実習を附属病院でできて便利だと考えたことが主な理由です。

結果的には、就職はどこの病院でも困りませんし、実習は附属病院の他にも複数の病院で行われたので、そこまでこだわる必要はなかったかもしれません。

でも、大学までは自宅から通えたので、結果的には良かったかなと思います。

4年制大学の看護学科へ入学

大学生になり、1年生の最初の頃は気が抜けたように不真面目でした。授業は眠くて寝ていたり。今考えるととんでもない感じです。

でも「これはいけない」と思い直し、1年生の後期からは気合を入れて頑張りました。と言っても、1年生ではそこまで大事な授業は無く、一般科目と専門科目が入り混じっていました。

2年生の頃から、一般の学科と比べて大忙し

2年生になって専門科目の比率が増え、少しずつ授業の内容が難しくなっていきました。生物化学、栄養代謝系の授業や、感染微生物学系の授業、統計学の授業、難しくて小テストも必死でクリアし、期末テストも大変でした。

3年生になると、前期は授業、後期からは実習になりました。1年間続くこの実習が来るまで、イヤでイヤで仕方が無かったです。だって、実習って大変ですから。。。実習が好きな人は聞いたことがありません。

成人看護学実習(急性期、慢性期)、精神看護学実習、母性看護学実習、小児看護学実習、老年看護学実習、地域看護学実習、、、どれもこれも実技とともに記録に追われて大変な日々。毎日何時まで学校にいたのか。でも私、記録は割と書けてしまうタイプだったので、そこまで苦労はしませんでした。ただただ精神的に辛い日々でしたね。

4年生の前期で実習が終わると、今度は卒業研究。もちろん年度末には看護師と保健師の国家試験が待っているので、その勉強も並行して行わなければなりません。とにかく苦労したのが卒業研究。なんとなく選んだゼミが超手強い先生揃いで、研究計画書の段階から何度も何度も書き直しの日々。あれは本当に大変でした。ゼミによって大変さにはかなり差があったので、別のゼミにすれば良かったと何度も後悔しました(笑)

看護研究が終わり、残すは国家試験のみ

看護師と保健師の国家試験の受験資格は、大学卒業することで得ることができます。そのため、ちゃんと単位を取って大学卒業見込みが無いと、試験を受ける資格が得られません。

ただし、看護学科の場合には単位を取り逃すことは無かったです。カリキュラムはほぼできあがっていたのでそれを元に授業を受ければ良く、実習に行くためには必要な単位を取得していなければならないため、一つずつ駒を進めて来られたのは全ての単位をきちんと取得できてきたからなのです。

なので、単位を取りそびれて卒業資格が無い、というような状態にはなりませんでした。

全てが“前提”で進んでいく

国家試験の受験資格は大学卒業によって取得できる資格ですが、試験が行われるのは2月。つまり、大学卒業する3月よりも前です。

そのため“卒業見込み”という状態で国試を受けることになります。まぁ、ここら辺は特に問題無いかなと思います。卒業単位の有無は自分で確認できますので。

ただ、就活は終わって内定が出ていても、全て“国試に受かっている”という前提での話。

国試の結果がわかるのは3月末。つまり、最悪の場合、就職先が決まっていても国試に不合格だった場合は就職もできません。ヒヤヒヤしますよね。

卒業式も国試の合格発表の前なので、清々しい気持ちで卒業を迎えられないのは、少し残念なところです。

免許証は保管しづらい紙タイプ

ちなみに、3月末に国試の結果がわかっても、ちゃんと免許証を受け取ることができるのは5月になります。それまでは、合格通知のあったハガキが資格証の代わりです(笑)

この看護師と保健師の免許証は、賞状みたいな用紙タイプになっています。管理しづらいので車の免許証のようにカードにしてもらいたいとずっと思っていますが、なかなかその願いは叶いませんね。

アルバイトは続けられる

実習が本格的に始まるとともにバイトを辞める人が増えていましたが、わたしは4年間ずっとバイトをしていました。

飲食関係、教育関係、いろんなものに手を出しました。でも、流石に実習中は長時間のバイトがキツかったので、家庭教師のバイトだけは最後まで続けていました。

ずっと実習や国試の勉強をしてるのも滅入るので、気分転換になって良かったですよ。

付属の大学病院に就職し、新卒で集中治療室の看護師になる

就職してからすぐに、どこの科に入りたいかという希望調査がありました。確か第3希望まで書けた気がします。

私は急性期の実習を消化器外科で、慢性期の実習を耳鼻咽喉科で行いました。

中でも消化器外科病棟の実習指導者だった副主任ナースがとても優しくて憧れの存在だったこと、病棟の雰囲気が良かったこと、実習内容もすごく印象に残っていたので、消化器外科を希望しようと思ったのですが、そう感じるのは私だけではなかったため、とても消化器外科は人気がありました。

私はそこまで強く消化器外科を希望していなかったので、どうしようかと悩みました。そして結果的に、集中治療室(ICU)を選びました。

新卒でICUに入れる病院は多くありません。ですが大学病院であり教育体制が整っていたことや、多くの新人を入れたいタイミングでもあったようで、希望することができました。

その病院には救命救急センター(ER)もありましたが、同じように新卒で希望でき、このようなケースは割と珍しいと思います。

ICUを選んだ理由も中3のときと変わらず

・特に強く希望する科が無かった

・様々な疾患や救急対応、医療機器の扱い方を学ぶことで、看護師として必要な知識や技術の大部分が身につくのではないかと考えた

・多くの知識や急性期の対応を身につけることで、将来、自分や家族の助けになるのでは無いかと考えた

・仕事をする中で興味のある分野が見つかったら、その科へ異動すれば良いと考えた

新卒でICUにナースになるのは大変だとは思いましたが、募集しているのであればできないこともないかと考え、決めました。

理由の根本は、看護師を目指したときと同じです。そこで看護師として仕事をするというよりも、知識や技術を身につけたいと思ったからです。

そしてわたしを含め約20人の新卒ナースがICUへ配属されることになりました。

ICUナースとしての過酷な日々

最初にお伝えしたように、かなり漠然とした考えで看護師になったため、それはそれはリアリティショックが大きかったです。いや、理由はそれでは無かったかもしれません。

看護師として良くも悪くもイメージを作り上げていなかったおかげで、看護師という仕事はありのままを受け入れることができました。しかし、学生から社会人になり、その生活の日々に耐え難い苦痛を感じるとともに、先輩の厳しさと日々の課題の量に圧倒され、とにかく辛い日々が続きました。毎日が緊張とストレスで苦しくなりました。

本気で辞めようと思い、別の道も考えた

苦しくなると、いろいろな理由をつけて逃げ出したくなりました。

・看護師になるまでの知識は身につけたから、最初の目標は果たされた

・前から興味のあった養護教諭になろうかな

こんな考えが頭をグルグルしました。

養護教諭になるためには養護教諭一種の免許があった方が良いため、そのために地方の大学に一年間通うことも考えました。二種の免許は保健師の資格所有者であれば申請するだけで取得可能なので問題ないのですが、やはりそのための勉強を専門的にはしていなかったこともあり、ちゃんと勉強すべきだと思ったんです。

私の辞めたいという暴走は止まらず、師長へダイレクトに辞めたいですと伝える始末。今考えると、とても恐ろしいことをしたと思います。

辞めることは、もちろん親には大反対され、少なくとも3年間は続けなさいと怒られる始末。当たり前ですよね。ここまで来れたのも、親が学費を出してくれたおかげです。

最初の一年間を乗り越えると、その後も続けられるようになった

結果的にすぐ辞めることはできず、そのまま看護師を継続。

看護師1年目の終わりが近づくと、どうにかなるもんだと少しの自信がつき、2年目まで継続。

そこまでくればあと1年だけならできそうだと思い、トータル3年間を同じICUで過ごすことができたのでした。

もちろん。3年間いろいろなことがありました。とても濃い3年間。楽しいことよりも苦しいことの方が多かったかもしれませんが、確実に看護師としての基礎を身につけることはできたと思います。

転職してもICUナース

ひとつの病院にとどまると、自分の考え方が固まってしまうこと、他へ移れなくなってしまいそうだと感じたので、転職をしました。

でも何度も転職をすることは経歴的に良くないと思っていたので、二つ目の病院で総合病院勤務は最後にしようと決めていました。

転職するとまた新しい環境に慣れないといけないので、まずは領域だけでも同じICUにしようと思い、ICU希望で転職しました。そしてICUに慣れたらどこかの病棟に移ろうと考えていましたが。

看護師人生を全う

結果的には病棟へ異動することなく、ICUにとどまっていました。

理由としては、

・病棟の良い評判をあまり聞くことがなかった

ICUの師長や先輩、仲間がとても良い人だった

・大学病院とのレベルの差に驚くとともに、もう少しレベルを上げたいと思った

・様々な役割を果たし経験を積むことで、人間的に成長できた

そして一番の理由が、尊敬する先輩ができたことでした。

大学病院でもそういった先輩は見つかりませんでした。

もちろん、知識や技術は大学病院の先輩の方が圧倒的に上です。ただ、人間として、一人の看護師としての姿は、二つ目の病院のとある先輩の方が断然優っていると感じました。自分もあんな看護師になりたい、そう思うことができたのです。

看護師の経験を活かして産業看護師へ

10年間という看護師生活にピリオドを打ち、私は第二の人生として、産業保健師になりました。理由は様々ありましたが、看護師として10年過ごしてきたことに後悔は無く、むしろ看護師という仕事を好きになれたので良かったと思っています。

かなり長くなりましたが、これが私の歩んできた看護師人生です。

産業保健師になっても、看護師としての知識や技術は大いに活かすことができます。むしろ看護師としての経験は必要だと感じています。

ただ、私の看護師としての経験の中で得てきたことが、特にICUナースを目指す方、もしくは現在ICUナースになって奮闘している方のお役に立つと嬉しいと思い、このブログに綴りたいと思います。

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